ペガサスの白い砦 ~pegasuswhite~

Sylvan Sylph 森の妖精 1


☆Sylvan Sylph 森林の妖精  ✷上・下の2ページ完結です


morumola モルモラ 森に迷い込んだlight世界の少女。 緑島から出た事が無い
crowbell カーベル 森に住むミステリアスな少女。 カラスに似た大型猛禽類の子供
nanbell  ニャンベル 森に住む黒猫 話せる 9才の少年に変る
canbell  キャンベル 森に住む女  
wonbell  ワンベル  森に住む黒犬 話せる 13才の少女に変る
パパ   彼     森に住む男 変幻自在に姿が変る。 この惑星と世界を創った傍観者
  
鬱蒼とした森林  野原の南に広がる厳正な森林
         昼も夜も闇に包まれ、霧が発生する
人の世界     きよく善き世界 野原の西側
動物世界     動物達を管理し育てている湿地帯 野原の東側
野原  世界の中心地点。北には山脈をバックに湖が横たわっている


1.

morumola



 ハチミツミルクはもうなくなってしまった。カナシと別れてもうどれ位か時間が経っていた。周りを見回す。
わたしは恐くて仕方なかった。カナシの姿はどこにもなくて、不気味な声がわたしをそれ毎に震わて背筋を強張らせる。
何で、入っちゃいけないって森に入っちゃったんだろう。大人達は、あの森には絵本に出て来る様な優しい森林の神はいないんだよ、そう言い聞かせる。森の神というのは、わたし達に空気の恵を与えてくださる。美しい花を咲かせる水を恵んでくださる。土の中の命を恵んでくださるんだって。
 わたしはその神に逢いたくて……。何でかはもう忘れた。けど、逢いたいって思った純粋な気持ちよ。それだけ。それは、わたし達の寿命を縮める事になる「興味」という物で、それはある程度の年齢になって初めて持つ事は止められていた事。
でもね……、毎日綺麗な宝石に囲まれて、可愛いペットに囲まれて、優しいパパとママにたくさんの笑顔もらって、広いお屋敷に住んで、ピアノを弾いて、美味しいお菓子を食べて、若い芝生の上でボールを追いかけて、小さな鳥達に小麦をあげて、でも、他の事したいなって思った。
パパやママ達にはそれを言った事無いから、カナシを連れて来たのよ。カナシがいなきゃ、わたしは絶対に森に入る事をあきらめていた。すごく恐かったから。
カナシは男の子で、いろいろな事を内緒でわたしに教えてくれていた。「影響」を受けることは、わたし達にあってはいけない事の一つ。
 カナシがいなくなって、一人で歩いてもう長い……。
「……? 光ってる……。」
暗い森の中に、美しい宝石の様な深く、淡い青の光が灯って、少女が現れた。
優雅に立ち止まって、シルファの様……。
上品な薔薇の様な頬と、可愛らしい薔薇の様な色の唇。真っ黒で艶のある硝子珠の瞳が静かに光を発していた。
黒ビロードのドレスだけで、こんなにも寒い森を歩いているなんて。高いヒールを慣れたように履いている。顔の輪郭は丸くて柔らかそうな粉雪で、なめらか過ぎるように真っ白い。なのにその腕と脚はかなり細長かった。
すごく細かくてふわふわの黒の髪。一本一本にまるでプチダイヤモンドの白い艶光が写っているみたい。
 青い闇と、緑を映す濃密な白の霧、黒い大木の影の中を歩いて来た。手に持ったランタンの明りは火じゃなくて、深い青の石欠片。それが青白く光っていた。仄白い背景の神秘的な女の子。
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フワ、と立ち止まって、シルファの様……。
女の子はわたしを振り向いて、何も言わずに、走れるの?と思った。音も無く、フワリ、という様に走って行って、白い霧の中に消えて行ってしまう。
「待って!わたしを置いて行かないで!迷子になったの!」
わたしの声は震えていて、頼りなく緑蒸せる白の濃霧の壁に跳ね返されてしまった。
いきなり黒の鳥がバサバサと、わたしの声に反応したかの様に頭の上を飛んでいった。腕で顔や体をおおって、恐くなって泣きながら走った。
青白いランタンの灯りが全く見えなくて、もう遠くまで行ってしまったんだって思うと、一人の恐怖にまた震えた。
 わたしはずっと泣いていた。土は充分水分を含んでいて、草にも蔦にも艶珠の水滴を乗せている。さっきから、泉の湧き出ている様な微かな音と滝の気配が両方して、どの植物も霧の中、シンと水分を含んでいた。黒く太い幹がズンと静寂の中立ち並び、たくさん倒れた大きな木には濃い緑の苔が生えている。
上を見上げると、青い葉や黒い枝や蔓が重なり合って、今が本当の夜なのかさえ分からなかった。
 帰りたい、ミルクとスープと、野菜のリゾットが食べたい。
カナシはどこに行ったのかな……。
恐くて、呼べなかった……。


crowbell



あたしは走るのをやめて、濃さが薄れていく霧の中を振り向いてみた。
もうあの子の声はしなくなっていた。
まるでお人形さんみたいな子。金色で、引き伸ばしている時のアメ細工のように輝く髪、黄緑色の硝子玉みたいな目で、ハニー色の唇の子。泣いていた。迷子になったって言ってた。
霧は晴れて来て、その内また獣が出始める。あたしはまた歩き出した。
「……。」
 さっきの女の子の連れだろうけど、男の子が息絶えていた。水色の瞳はくすみ始めていて、それでも綺麗だった。吸血虫達が白の頬をかじり始めている。いずれ土に還る前に、獣に浚われるだろう。
岩に苔のはびこった小高い丘の所だから、足を滑らせたらしいけれど、あたしはその横へ行って、黒の薔薇コンタクトを出した。
光をふうっと、吹きかけて、幻惑光は美しくキラキラと静かに煌いた。
傷がふさがり、男の子の澄んだ水色の瞳が動いてあたしを見て、微笑んだ。
あたしは立ち上がり、幻想は幻想だけで終った体を見下ろした。生き返らないまま。
 あたしは歩いて行って、木の後ろからさっきの女の子を見た。男の子が倒れている所はすぐ近くで、丘を一つ越えた先。大木の陰が真っ直ぐ立ち並ぶ幹の根元にあの子は座っていた。そこにじっと座って、見え無い空を見上げていた。もう泣いていなかった。
倒れた木の後ろ下を潜って行って、もう少し近くに行く。あの子、男の子の事を知ったらまた泣くんだろうな。
闇は消えて来て、発光鉱石の光も青いかすみと同化して、力を失って行った。
倒れた木の後ろから見ていたあたしに女の子が気付いた。手には濡れカラス色の羽根を持っていた。黒い羽根は光で深い黒青に輝く。
あたしがさっき落とした羽根だ……。
女の子に近づいて行くと、その子はゆっくり立ち上がった。
「あの男の子、もういないわよ。可哀想だけど、この森に入ったから。」
女の子の目が大きく見開いて、また座り込んだ。隠してたって、何にもならない。これでこの子もここには来なくなる。
あの男の子みたいに死ぬ事になるわ。そういう人をたくさん見た。
ちゃんと言ってやらないと、分からないんだから……。
「森の出口まで送って行ってあげる。」


 さっき、霧の中で別れたニャンベルが顔を出した。
あたしの足許まで来て、顔を上げた。大丈夫よ。下手な事言わないから……。
女の子はショックのため、ずっと地面の土を見ていた。純真世界の他国の子かしら。センターアイランドの純真世界の人達は、「死」という言葉をすぐには理解しない。少し時間がかかるものだから。
女の子を立ち上がらせてやる。あたしより少し、背が高い。
「あなたは何者? ……シルファなの? その黒猫、あなたの子?」
女の子の声は震えてたけど、力無く微笑んで小さな子をなだめるような口調で優しく言ってきた。「危ないわ。一人で」そう言って頭を撫でてきた。子供扱いしないで。あたしはもう4才だわ。危ないのはあなたなんだから。
「お嬢ちゃんも、早く帰ろう?わたし、モルモラ。」
「あたし、カーベル。」
「かっこいい名前ね。男の子みたいでかっこいい。」
モルモラはまた優しく微笑んだ。
「お姉さんと手、つなごっか。」
やっぱりセンターアイランドの子だ。あまり危険な事分かってない。
「ありがとう。でも、あたしは違うから。出口まで、あたしが送って行ってあげるわ。」
「ここに……住んでいるの?」
ニャンベルが歩き出したからあたしも歩き出す。獣が出てきたら厄介だから、早く帰してあげなきゃ。
「カーベルちゃんのお父さんとお母さんは?はぐれちゃったの?」
「いないわ。」
だって、あたしは黒族を離れた。
モルモラは口を噤んで、黙って歩き出した。
霧は完全に晴れたけど、ずっと同じ薄暗さは透明度の出始めた鬱蒼とした中を横たわっていた。発光石はあまり光らない程度の薄闇。
「その子、なんて言うの?」
「ニャンベル。あたしを護ってくれるの。」
「可愛い猫ちゃんね。」
ニャンベルはモルモラの言葉に怒って、フンッと顔を反らした。
「猫じゃないわ。肉食哺乳類の子供よ。プライドが高くて、ちゃんと言葉が分かるから、かっこいいって言ってあげて。」
モルモラが、「かっこいいわね。」と言い直すと、尻尾をピンと伸ばして姿勢良く歩いて行った。
「誉めると調子に乗るの。」
誰かさんそっくり。
「ふふ。可愛いニャンちゃんね。」
あたしも顔を見合わせてくすりと笑う。
「本当はね、ニャンベルって名前も本人は嫌がってるの。だって、まるで猫みたいな名前でしょ?でも泣き声はにゃんにゃんなんだから、仕方ないわよね。でも気にしてるの。」
あたしは自分の名前が大好き。名前って、大切な物だわ。だからこそ、ネーミングセンスの無いパパにニャンベルは怒っていた。
「モルモラは、誰がつけてくれたの。」
「ママよ。」
「心配しているわ。」
「カナシのママも……。」
この子、男の子は何かの餌食になったかもしれないって、知ってたんだ。


nanbell


 ずっと歩いて行くと、森の出口が近づいてくる。
岩場が見えて、木はそれをかち割ってまで生命力強く立っている。
出口のところに来て、低い位置の木をガサガサと掻き分けて歩いて行った。
柔らかい蔦の葉が肌を掠めた。若い色の緑。顔を上げたその先は眩しい野原で、すぐ背後に広がる暗い森の終わりだった。
「あたしの事、みんなには内緒にしていてね。約束。」
「どうして?」
「どうしても。」
だって、存在を知られたらいけないから。パパが怒るわ。
モルモラはにっこり笑った。
「分かったわ! 森の中のお友達だもの! ね、カーベルちゃん!」
お友達。
 モルモラは手を振って、帰って行った。明るい光の中に溶け込んで行って、野原の中、金髪が眩しく輝いた。久し振りに浴びた陽だった。
少しの間、帰って行く後ろ姿を見ていた。
「行こう。ニャンベル。」
あたしは、闇の中へと引き返して行った。
 先を歩くニャンベルが振り向いた。さっきまでずっと黙ってた口が溜息をついた。
「何で顔出したんだ。あいつ、また絶対来る。なんなら僕があいつを食べてやってもよかったんだ。」
「……。大丈夫よ。あの子の彼氏の事があるから、来ないもの。」
あたしは黙って帰りの足を少し早めた。「大丈夫よ。あの子だって、そこまで馬鹿じゃないわ。」口の中で、自分に言い聞かせた。
あの男の子の体はもうなくなっていた。獣の足跡が大きく土に食い込んでいた。
しっとりと、暗澹とする森を音が揺らして行った。
泉に出て、少し水を飲む。サラサラと体の中を流れていく。鏡みたいに緑の深い木々を鮮明にうつす、美しい泉。線のような低い清流が岩の間から落ち流れて、ここに来るまでに完全に凪いでいた。
 絶壁の崖を添って飛んで行って、下に下降して行く。深い渓谷の岩と岩の間、その隙間に流れ込むように入って行く。ニャンベルは器用に崖上から一気にこの岩まで、回転しながら降り立った。
 崖中の、住居の洞窟を進んでいく。各地点の発光石が前を歩くニャンベルの艶々した毛並みを青黒く照らした。
岩がいくつも開いていて、そして進んで行く。
「寝てるかな。何も起きないから。」
ニャンベルは何も言わずに、歩いて行ってしまった。
「……。」




canbell


 黒い扉を開けて、部屋に入って行った。お腹がぺこぺこ。
花をお皿に盛り付けて、イスに座って食べる。生花の甘い香りが充ちる。
キャンちゃんはいつもの飴を食べていた。黒の半透明な飴の中に、小さな白薔薇、ジャスミンとか、咲いて入っているキャンディー。あたしも貰おう。
「キャンちゃん。ちょうだい。」
「ふふ。いいわよ。」
「今日はカラフルね。紅いキャンディー、黒のキャンディー、あ、いけない。お皿持ってこなきゃ。」
コツン、コロコロ……
「ねえ、まだ行かないの?」
パパは寝てなんかいなかった。黒いソファーで背もたれがわに顔を向けてたから分からなかった。顔も黒の柔らかいクッションで見えなかったから。顔だけあたしを見た。柔らかいクッションの上から顔だけあたしを振り向いた。
「また地球に帰りたくなったのか?」
ニャンベルが姿を変えて腕を組むと、あたしを見下ろして首をしゃくった。
「今日だって村の少女に声掛けて。」
パパが体を起こしてあたしの前まで来ると、肩に抱き上げた。
 あたしはパパの肩から降ろしてもらって、このお部屋を出た。
あたしの真っ白の部屋の室内ロイヤルガーデンに来ると、綺麗なお花たちにお水を上げる。
薔薇、アネモネ、白百合、ツル薔薇……。
明日、食べる分を収獲しよう。



お散歩


 ワンベルがまた地球に一度戻るって言って、あたしを誘ってくれた。時々ワンベルはパパの故郷の星に日帰り旅行をして来る。
あたしも行こうかなって思ったけど、キャンちゃんが残るって言うからあたしも残ることにした。
パパも戻って地球の様子見て来るんだって。だから、あたしも付いて行こうと思ったけど、やっぱりお留守番している事にした。
 今日も森の中を歩いている。ニャンベルはおいて来た。絶対、またいろいろ言って来るから……。
森を抜けて、人の世界側の森の入り口まで歩いた。
 ”お友達 ”
あたしは、明るい世界を、木陰から見ていた。
ピンク色のあでやかな蝶が水色の花の周りを浮遊していて、黒のコンパクトを取り出して、あたしが幻覚光をふう、と、吹きかけるとキラキラと舞って、淡い薔薇色の光が淡い青空の中、ピンクの蝶達と可憐な花達を取り囲んだ。
あたしのいる暗い森の入り口まで来た。
この蝶、モルモラにあげよう。
 お昼になって、ガラスボックスの中から甘い薫りの鮮やかな花を出して、木の横にある岩に腰かけて食べた。暖かい陽射し。光りが明るい。
 夕方になって、紅い太陽が大きくゆらめいた。
背後の森の霧が再び薄れはじめていた。
「………。」
モルモラ、来なかった。
あたしは立ち上がって、森の中の闇に引き返して行った。
……ほらね。
やっぱりあの子、来なかったでしょ? わざわざ森のお友達に会いに行くなんて、そこまで馬鹿な子じゃ無いわよ。
恐い想いしたんだから。
だから、言ったでしょ?よかった。
………。





わざわざ会いに来るなんて、馬鹿な子じゃない……



森の猛獣


 森の中は朝の時と同じ位の明暗を広げている。
霧が流れていて、うっすらとランタンの発光石が青く灯っている。濃く白色の霧の海が渦を巻いて、ゆっくりゆっくり移動している。
青白い灯りがかすめていく霧に反射して、その内ポウッと、その光が冷たい色を広げた。霧が通り過ぎて、徐々に光を含んだ霧は移動して行った。
 泉のある場所まで歩みを進める。
大樹林の森は鬱蒼としていて、シン、としてる。
ドサッ
「ヒッ」
あたしはいきなりの事で驚いてお尻をついた。ガラスのボックスが音を立てて割れて破片が青く煌き、色とりどりの花が湿った土の上にばらまかれた。
木の上から露が落ちてきて、見上げた瞬間。
昨日の男の子の死体があたしの目の前に落ちて来た。
少し腐敗して、嫌な慣れた匂いが漂った。
あたしが産まれた惑星の追い出された故郷、あたしが捨てたクロウ・ジョウ一族、あたし達猛禽類は死肉を食べてきた。そんなこと、もう嫌だったんだもの。綺麗な物がいい。良い香りの物だけ食べていたい、死肉なんか嫌い、出て行った場所……。
嫌な気分。もう、残飯なんて、見たくなんかないわ。
あたしは花をひろいあつめて走って行った。
 獣が、餌を取られないように乗せておいた枝が揺れた。それで、落ちた。
何でかって?
「………」
あたしは必死に走って行った。涙がたくさん出てきて耳が熱い。
胸元に入れておいたピンク色の蝶がひらりと、落ちて行った。濃密な霧と、苔むす森の中。
「パパッパパ!!」
獣が、殺気をたぎらせてあたしを鋭い目で見た。
「きゃああっ」
花が散って、黒い風が刹那にかすめた。巨大化した黒豹に似た肉食獣が獣の両目前を鋭い爪で威嚇し、その首にくらいついた。置いて来たニャンベルだった。
獣はその場に倒れてピクピクなってから起き上がるとあたし達を見てから逃げて行った。
あたしのドレスのリボンを口にくわえて猛突進した。
駆けて行く先の崖縁に脚を掛けてジャンプした。絶壁の中のくぼみに猫のように一回転して降り立つと、洞窟の中で下ろした。
人間の大人になったニャンベルは鋭い目であたしを見下ろした。
そのまま、何も言わずにドアをきつく締めて行った。



あたしは、青の光の中、わんわん大声で泣いた。



輝く野原


 光を跳ね返す海の上に来ると、巨大な姿に変って一気に飛んでいく。
黒い影が深青に映り、波はいつまでも轟いていた。
 緑の島がまるで影のように小さく見えて来た。
南側から旋回し、広大な森林の上空に着くまでには再び巨大な姿から元の小ささに戻った。
森の上を旋回する。小さな影が、濃緑に埋め尽くされた葉の上に走って行った。空は青のまま、昼に見る白銀の月が天を飾っている。
 あたしは森の入り口で、あの子を見つけた。
パパがあたしと同じカラスになって、モルモラを見つけてあの子の方に飛んでいく。
止めようとすると、一払いされてあたしは森へと落ちて行く……。
逃げてモルモラ!!!
 あたしは森の幹の間を突っ切って行く。
明るい光りが射し始める。目を眩まされる光の明るさ。
モルモラはあたしが前に食べかけて行った、もう枯れているローズを首を傾げて拾ったところだった。
あたしは羽根を翻し、ハイヒールで降り立って黒のドレスの裾がふわりと、黄緑の草と森の影の間に同じ黒い影を落とした。
「……あ、カーベルちゃん!」
パパがつつこうとした瞬間、スウッと、天高く上がって行った。
「……。こんにちは。モルモラ。」
木の上の枝に止まったカラスはパパで、鋭い目はあたしを見下ろして、その後森の奥へと飛んでいった……。
「こっちの野原に来て一緒に遊ぼう! 来てくれて嬉しい!」
 モルモラはあたしを野原に誘った。
足は、動かなかった。
人前に出たり、森の外に出たら、本当はいけない事だったから。
「どうしたの? カーベルちゃん?」
モルモラは微笑んで聞いてくる。
その遠くから、モルモラの友達が数人走って来た。
あたしは、森の中へ走って行った。
そのまま、明るい残像が薄れて行く中、まっすぐ走って行った。
同い年の子達……。


森林


 「きゃっ」
パパがいきなり目の前で立っていて、あたしを無表情で見下ろしていた。
あたしは、うつむいた。
あたしは何も言えなかった。しばらくして、パパが言った。
「お前を、この世界に置いて行ってやってもいいんだぜ。そうすればもう忌まわしい力に邪魔されて大切な者を奪われる事はなくなる。お前は友達も恋人も作れる。その代わり、命は無限じゃなく、一つきりに戻る。俺と何時までも一緒にいろなんて、無理は言わない。」
パパはそのまま、ゆっくり身を返して、静かな影の森の中を歩いて行ってしまう。
そんなの嫌だって知ってるくせに。カーベルがパパの事大好きだって知ってるくせに。
あたしはぽろぽろ涙を流していた……。
「……お友達欲しいっ お友達が欲しいっ 一緒にボールで遊んだりお花飾り作ったりサンドイッチの分けっこしたり綺麗な洋服取りかえっこしたり出来ないもん!ニャンベルもワンベルもカーベルとそういう遊びしてくれないし、キャンちゃんのドレスは女の大人のだから大きくてカーベル着れないんだもん!カーベルだって、カーベルだって……」
どんどん歩いて行ってしまうパパは、振り向いてくれなかった。
キャンちゃんが現れて、パパの顔を見上げてからあたしの所に走って来た。
あたしを抱き上げてくれた。
「帰ろ。カーベル。」
優しくそう言って、あたしの泣き声はずっと森の中に響いていた……。
 その日あたしはずっと、ワンベルの黒い毛皮の中に包まって眠った。



クロウ・ジョウ一族


 あたしは夢を見ていた。昔の夢。
他の惑星の切り立つ山脈が故郷だった。
遠い昔、パル・クロウ・ジョウって、名前だった。
ママがカラス族のリーダーをしていた。
クロウ・ジョウ一族としてのプライドを持っていた。
けど、幼かったあたしは、氷に閉ざされた屍を食べる事にうんざりしてた。
だから、人間のいる街に下りて、パンとか、もらっていた。
あたしはリーダーに鋭くどつき飛ばされて、尻餅をついた。
背の高いリーダーに冷たく見下ろされた。
「何で?!」
「出て行け。裏切り者め。」
「だって、だってあたし、パンとか、貰っただけじゃない、」
「お前はしゃしゃくれた人間共から餌を貰っていた。カラス族の掟を破って。恥を知れ。」
あたし達は、生命を口にしない。生きた者を食すことは、してはいけないから。一つの長い生命の終った体を大切に食べ、そこから身の糧にしていく。
あたしは霜の降りる土を掴んで、唇を震わせた。
「綺麗な服とか着たい、こんな真っ黒くて男の子みたいな格好なんか嫌だもん、」
リーダーを睨んで、立ち上がった。
「人間は優しくしてくれたわ!近づいたらいい薫りのパンとかくれて、邪険になんかしなかったもん!ママなんか大嫌い!プライドの羽根もカラス族の証ももう要らないわ!残飯なんてもうこりごり!」
あたしはクロウ・ジョウ=カラス一族の誇りの黒のマントも、くちばしを模した黒の冑も投げつけて走って行った。
「……パル!」
勝手にずっと残飯なんて食べてればいいのよ!あたしはそんなのもうご免!
人間は優しいんだから!お洒落して、可愛い髪形して、お買い物して、それで、それで、お友達作って、恋人作って、幸せになりたい。
自由になりたい!
 山脈から飛んで、街の上空まで来ていた。
あたしはいきなり力を失って、地に落ちた。
黒の羽根が青の空に涙と共に散って、目を綴じた。
嘘よ、こんな事……あたしを打ち抜いて捕らえた男がいた。
「大嫌い!あんたなんか大嫌い!人間なんか大嫌い!全部みんな!」
紅い夕日が毒みたいで、そいつの横顔を照らした。
黒の悪魔って、わかっていた。
そいつに治療されたけど、あたしは暴れた。
「全部が嫌いなら、なんでそこを飛んでいたんだ?」
あたしを抱き上げてそう言ったから、あたしは驚いた。
言葉が通じたから。
あたしは暴れていたけど、黒い服を睨んだ。
「お前が幸せになれば、全てが好きになる。全てを好きになって笑っていれば、周りも自然に幸せになる。」
あたしは男の顔を見上げた。
「一緒に好きなものだらけになろう。世界一幸せにだってなれるかもしれねえだろ。」
それが、パパとの出会いだった。
 不死身のパパ。一緒にいると、悪い運命を寄せ集めて不幸になる。
でも、同じ血を分け合って不死身になれば、中和されて一生生きられて、世界を見続ける事が出来る。
「自由の羽根を手にいれられる。」
「自由の……?」
そう言ったあいつの顔は、無表情で、それでも微笑んだ。どこか、哀しげだった。
カーベル・クロウ・ジョウって、名付けてくれたパパ。

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by pegasuswhite | 2013-03-11 02:06

心を解くと聴こえる声がある。それは懐かしく、温かなはずで……
by ペガサス
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