ペガサスの白い砦 ~pegasuswhite~

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復興支援商品 東北大震災の被災者へ

復興支援商品 fpr 東北大震災の被災者

1.山菜ストラップ 200円 for 福島

商品一覧はこちらです↓ リンクです。

ネイチャーテクニカラーMONO山菜ソフトストラップ2;商品一覧
ネイチャークラフト;商品一覧

ガチャガチャ商品です。 大型ショッピングセンターなどのガチャガチャコーナーにあり。

普段目も暮れないコーナーですが、異彩を放っていてつい立ち寄ったら
大好きな山菜ではありませんか。
しかもめちゃリアル。そして復興支援商品

種類
ワラビ、ミョウガ、ツクシ、ワカタケ、フキノトウ、ヤマモモ、ウド、イチジク

私はワラビとツクシとミョウガ狙いでガチャガチャしたら、ヤマモモ出てきました。
後日、ツクシ狙いでガチャガチャしたら、ツクシ出てきました!リアルです。

これよこれ
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2.被災地子供チョコレート 600円 for 石巻

quatre epice石巻応援プロジェクトHP

地元ケーキ屋さんの商品 イチゴのドライフルーツが入った板チョコで、とても美味しかったです。

店員さん達が石巻に向かい、子供達に絵を描いてもらって、それをチョコレートのパッケージにしてあります。

裏には被災地の子供達の震災当時や復興中のお話が書かれてあり、石巻のお坊さんの言葉も書かれてありました

ケーキ屋産の話によると、街は復興が少しずつ進んでいても、彼等の心はその当時のまま

聴いていて居たたまれなくなりました。やはり、復興支援は色々な方法で続けられることが大事だと。

その子供達の描いた絵です
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素敵な色合いでしょう? 本当に綺麗ですよね。一本松もあって鳥もいます。
各場所のアップです。
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ISHINOMA KID'S CHOCOLATEといいます。


炊き出し経験

私も二回石巻へ炊き出しへ向かわせてもらいましたが、被災地の方々は本当に誰もが言う通りなのですが、笑顔が素晴らしかったです。健気でしなやかに強くて、なんて東北の方々は言い尽くせない程に素晴らしいのか。
被害の状況は今でも脳裏に残っていますが、現地の方々の心がはやく前に進めることを祈ります。
被害にあった方々には本当に冥福とお悔やみを申し上げます。

炊き出しへ向かった一度目は心中言葉を失いました。
通った女川の衝撃は凄まじかったです。恐怖を覚えました。

高台にある火葬の場所を見上げたとき心迫るものがありました。
そして河で隔たれた無事な方、被害にあった方の違いにも愕然としました。

石巻の黄金浜町は夕焼けが本当に黄金で、ひとときを頭が白くなりました。

こんな綺麗な場所で、それでも見渡す住宅地は全壊、半壊、全て流された場所、例え様の無い香り、拉げた車、恐ろしい事になった脚の踏み場も不確かななか、ただただ静寂でした。

無事な鉄筋家屋、時計があの瞬間ぴたりと止まった学校、寒い野外で片付けを黙々進める方々はその時はようやく一組だけ。

配給の水のトラックに並ぶ人たち、端材で焚き火をする家族、高校生のお嬢さんが「学校の子も8人やられちゃって」と教えてくれて、それでも誰もが驚くことに笑顔でした。
本当はとても辛い事ですよね。

逆に元気をもらってしまって私はかけてあげられる言葉さえ出ずじまいでした。そして誰もが「ありがとうございます」といってくれて、私は何もしてやれなかったのにこちらが逆に何度心が救われたことか。

ボランティアの団体さん達はカーブした川に隔たれ寸でのところで被害がなかった大学のグラウンドと駐車場で寝泊り。

震災が起きて一ヵ月後の4月は、まだ凍て付く夜でした。私達女性陣はバスの中で根袋にくるませてもらい、男性陣達が(なんと皆が40歳から70歳のボランティアの人たちが)凍て付く野外にテントを張り就寝。
二日目も寒かったです。

桜の木は蕾で、そろそろ咲くかもねと言い合いました。

ボランティアの団体は実に多くの若者達がいました。炊き出しや、泥掻き、倒壊した家の片付け、自衛隊キャンプ、白人さんたちのボランティアの人たちも多かったです。ありがたかったです。

我々のボランティア団体は実は一人春から高校一年生になった若い女の子がいて、実に関心させられました。それに父親とよくキャンプに行くらしく、父子共に知識もある子で素晴らしいと思いました。

被災地は泥にまみれてしまって灰色の風景が続いて、どうすればいいんだろう、と途方にくれたのを覚えています。

でも石巻へつくまでにラジオを流していて、漠然と「これから私が好きなアーティスト、HIMEKAMIの育って来た宮城県が近付いてくる。

彼も生きていたら、今生きている奥さんもとても巨大なショックを受けたことだろう。

生前、彼は植林を行なっていたらしいけれど、その林ももしかしたら津波で流されてしまったかもしれない」と思いながら、北方なので針葉樹になっていく山々の木々をバスから見ていました。

全て流されて平野になってしまった平原を貫くバスが通る道路、自衛隊のトラックの数々、日本各地の県内ナンバーの応援パトカーやヘリコプター、様々な遠い県から来たナンバーの支援の車両。

それらが被災地へ向かって一本の道を進んで行っていました。

宮城県に入ったのか、ラジオが変わりました。驚くことに、ラジオの放送バックミュージックがHIMEKAMIの音楽だったんです。あの時、申しわけ無いんですがバスに乗りながら泣くかと思いました。

やはり宮城県の人たちにとってもHIMEKAMIは日常的に希望の人なんだなと実感しました。


被災地につくと、驚くことに山に囲まれているし、海だって遠いのに被害にあっていたんです。
恐ろしかったです。

河が津波を伝って内陸の山に囲まれた場まで来たのだと目に見て分かって、恐ろしくなりました。
海から離れただけでは駄目なのかと。

とにかく山に逃げないと。河のカーブ内側は無事なのに、外側は水流に流されて、それもゆるやかなカーブの違いでした。あとどちらの方向からその水がやってきたのか。

山々は下部の木々が海水にさらされて茶色くなってしまった所もあって、威力の恐さを知りました。

川の辺も街中にもありえないのですが舟があって、女川では見上げた山の上にも壊れた車が乗り上げ、そんなに高い所にまで津波が来たのかと分かりました。何十メートルも上だったんです。

赤い車が見えて「消防車が来てる」と行ったとたん、それが壊れていました。応援に来たのではなく、消防車自身も被害にあっていたんです。

時間に寄って大潮に見舞われ、そのなかで自宅だろう家をぼうっと見上げる長靴の7歳ぐらいの女の子、壊れて石が流され浮いた海岸沿いの線路の先の青い海、緑の山々、見て来た全てが印象的でした。

アメリカからきた自衛隊か軍の人たちに黒人の女の子がいて、中学校で被災地の人たちに温泉を用意してくれていました。笑顔がキュートな人でした。

我々が炊き出しをした周辺では泥にまみれたアルバムが落ちていたり、行方不明者の名前と写真の張り紙が張られていたり、壊れた車にペンキで罰点があったりしました。

泥の掻き出しや壊れた家を片付けるボランティアの男性が「現実を知る様でやりきれない」と少し落ち込んでしました。彼は我々の県でボランティア消防をしている男性でした。

高く積み上げられ細かく種類別に分けられたがれきは彼等にとっては思い出の山。自衛隊が積み上げている所やそれらを運ぶトラック……。

きっと、もしも自分なら混乱して泣いていたとおもう。東北の方々を本当に尊敬しました。


二度目に行ったのは5月でした。
一回目の時は駅前も灰色の泥に浸され、とてもいいようの無い被害に見舞われていたのですが、復興が進んでいて、

「がんばっぺ!」 「がんばろう石巻!」

それらが石巻の人たちの手により各所にかかれていました。
瓦礫も見違える程片付いていて、泥も見当たらず、石巻の人たち、頑張って復興して自分達の街を取り戻しているんだなあと感動しました。

五月には開花を見たいと思っていた大学の桜は時季を終えてしたのですが、それでもやはり桜の木には希望を感じました。二回目の石巻はやはり町が整理され始めていて、掃除をする人々の姿も見られました。

みんな、本当に頑張っています。

途中でバスで通った松島は五月の半ば時点では敢行を再開していました。観光客の姿も見られました。

それでも、まだ復興が行き届かずに被害がありありとわかる場所が多かったです。
ここでは語り尽くせない多くの物事の数々。

だからこそ、続けることが大事ですよね。

その時点ではボランティア受け入れが段々受け入れ数を限られ始めた時期だったので、私は三度目は行かなかったのですが、私の父が三度目に翌年の一月再び再三の石巻へ向かいました。

父がライオンズクラブに加盟していてその彼等が石巻に炊き出しに行こうという呼び掛けで集まって私も父に連れて行ってもらったんです。

その時は24人ぐらいが集まり、その中身は我々の地元のボランティア団体の女性3名、ボランティア消防の方とその友人の若い代議士合わせて3名、それと父の仲間たちのおじさん方と高校一年生になったばかりの娘さん一人でした。

おじさんたちのパワーや炊き出し時の知恵は勉強になりました。やはり自分達で経営者になってきた人たちは知識ややる気、生きていく上での考えが根付いた先輩達でした。


私は実は二回も被災地に向かわせてもらったのに、やり残してきてしまった事がありました。

それは手を合わせてお祈りをしてこなかったことです。

あまりの状況に驚いてしまって大切なことが頭からぽんっと抜けてしまっていました。
被害にあわれた方々に冥福をお祈りできることは、今はTVで見かけるときに手を合わせて、復興支援の商品を見かけたら紹介して、小さな事しか出来ないけれど、続け手行くことが大事です。

世界中と日本中から集まった義援金が本当に正しく東北の方々に使われますことを。

ブログ村トーナメント「復興支援商品」に参加させてもらっております。


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by pegasuswhite | 2013-02-20 20:23

心を解くと聴こえる声がある。それは懐かしく、温かなはずで……
by ペガサス
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